エンジニアとして一定の経験を積むと、多くの人が「このまま社内で昇進するべきか、それとも転職するべきか」という選択に直面します。昇進の打診を受けたり、責任あるポジションを任されたりする一方で、「本当にこの会社で成長できるのか」「市場価値は上がっているのか」といった疑問が頭をよぎる瞬間は少なくありません。
特に30代前後からミドル層にかけては、社内での評価と社外からの評価にズレが生じやすくなります。社内では順調に評価されている一方で、外の市場では通用するのか分からない──この不透明さが、昇進か転職かの判断を難しくしている大きな要因です。LinkedInのキャリア調査(2025)でも、エンジニアの多くが「昇進と転職の選択」に強い迷いを感じていることが示されています。
本記事では、「なんとなくの不安」や「周囲の空気」で決断してしまうことを避けるために、エンジニアが昇進か転職かを冷静に判断するための意思決定フレームワークを解説します。自分にとって後悔の少ない選択をするための軸を持ちたい方に向けて、具体的かつ実践的に整理していきます。
エンジニアが「昇進か転職か」で迷う理由
昇進か転職かで迷うのは、優柔不断だからではありません。むしろ、エンジニアとして一定の成果を出してきたからこそ、選択肢が現実的になり、慎重になるのです。このフェーズでは「どちらも正解になり得る」ため、判断が難しくなります。
経済産業省の人材動向調査(2024)でも、IT人材のキャリア不安の上位に「次のステップが見えない」「社内外の評価軸が分からない」が挙げられています。
キャリア分岐点が訪れやすいタイミング
昇進か転職かで迷いやすいのは、以下のようなタイミングです。
- リーダーやマネージャー昇進を打診されたとき
- 評価はされているが業務内容が変わらないと感じるとき
- 会社の方向性や事業に違和感を覚え始めたとき
これらはすべて「次の役割」を選ぶ分岐点です。問題は、判断基準を持たずに流れで決めてしまうことにあります。
実例として、Aさんは昇進打診を受けたものの、役割や期待値が曖昧なまま承諾。結果的に責任だけが増え、成長実感を得られず後悔しました。
- 分岐点KPI:役割・期待値の明確さ
- 分岐点KPI:業務内容の変化量
- 分岐点KPI:裁量の広がり
[出典:経済産業省 人材動向調査 2024]
社内評価と市場評価のズレ
社内で高く評価されていても、その評価が市場で通用するとは限りません。特定プロダクトや社内ルールに最適化された評価は、外から見ると価値が分かりにくいケースがあります。
一方で、市場では評価されやすいスキルや経験が、社内では正当に評価されないこともあります。このズレが「今動くべきか」「もう少し残るべきか」という迷いを生みます。
実例として、Bさんは社内評価は高かったものの、転職活動を通じて自分の市場価値を把握し、昇進ではなく転職を選択しました。
- 評価KPI:社外でも説明できる成果
- 評価KPI:市場ニーズとの一致度
- 評価KPI:スキルの汎用性
[出典:LinkedIn Talent Insights 2025]
迷ったまま決断を先延ばしにするリスク
昇進か転職かで迷い続け、何も選ばない状態が最もリスクになります。時間だけが過ぎ、選択肢が自然と狭まっていくからです。
特に昇進の打診を曖昧にし続けたり、転職準備を先延ばしにすると、どちらの機会も失う可能性があります。
実例として、Cさんは判断を先延ばしにした結果、昇進枠も転職のタイミングも逃してしまいました。意思決定をしないことも、一つの決断だと認識する必要があります。
- リスクKPI:判断を保留している期間
- リスクKPI:選択肢の減少度
- リスクKPI:次の機会までの待機年数
[出典:Harvard Business Review キャリア意思決定研究 2024]
社内昇進を選ぶ場合のメリット・デメリット
昇進は「評価された証」であり、キャリアの前進に見える一方で、すべてのエンジニアにとって最適な選択とは限りません。重要なのは、昇進そのものではなく、「昇進後にどんな役割と成長機会が得られるか」を冷静に見極めることです。
昇進で得られるものと失うもの
社内昇進の最大のメリットは、環境を変えずに役割と影響力を広げられる点です。既存の人間関係やドメイン知識を活かしながら、より大きな裁量を持てる可能性があります。
一方で、失われやすいのが「技術に集中する時間」と「選択の自由度」です。特にリーダー・マネージャー職では、調整・会議・評価業務が増え、プレイヤーとしての時間は減少します。
実例として、Dさんは昇進によって裁量と年収は上がったものの、技術的成長が停滞し、市場価値に不安を感じ始めました。
- メリットKPI:裁量範囲・意思決定権の拡大
- メリットKPI:報酬・評価の安定性
- デメリットKPI:技術業務時間の減少率
[出典:経済産業省 キャリア形成調査 2024]
昇進後に後悔しやすいパターン
昇進後の後悔で多いのは、「役割が曖昧なまま責任だけが増える」ケースです。昇進前に期待値や評価基準を確認していないと、プレッシャーだけが増大します。
また、「断りづらさ」から昇進を受け入れた場合も、後悔につながりやすくなります。
実例として、Eさんは昇進後に業務内容がほとんど変わらず、責任だけが増えたことで強いストレスを感じるようになりました。
- 後悔KPI:役割・ミッションの明確さ
- 後悔KPI:評価基準の可視性
- 後悔KPI:業務負荷の増加率
[出典:Business Insider 2025]
社内昇進が向いているエンジニアの特徴
社内昇進が向いているのは、「今の会社で役割を広げたい理由が明確なエンジニア」です。具体的には、事業や組織へのコミットメントが高く、影響範囲を広げたい人が当てはまります。
また、マネジメントや育成にやりがいを感じられるかどうかも重要な判断軸です。
実例として、Fさんは事業成長への関心が高く、昇進後も納得感を持って役割を全うしています。
- 適性KPI:事業・組織への関心度
- 適性KPI:人材育成への興味
- 適性KPI:社内での影響力拡大意欲
[出典:LinkedIn Workplace Learning Report 2025]
転職を選ぶ場合のメリット・デメリット
昇進ではなく転職を選ぶことは、「逃げ」ではなくキャリアを再設計するための有効な選択肢です。ただし、転職には可能性と同時にリスクも存在します。重要なのは、期待と現実のギャップを理解したうえで判断することです。
転職で広がる選択肢とリスク
転職の最大のメリットは、環境・役割・評価軸を一度リセットできる点です。社内では評価されにくかったスキルや経験が、市場では高く評価されるケースも少なくありません。
一方で、企業文化や業務内容のミスマッチ、期待値のズレといったリスクも伴います。特に即戦力採用の場合、オンボーディング期間が短く、早期に成果を求められる点は注意が必要です。
実例として、Gさんは転職によって裁量と報酬を大きく伸ばしましたが、最初の半年はキャッチアップの負荷に苦戦しました。
- メリットKPI:役割・裁量の拡張度
- メリットKPI:評価軸の変化
- リスクKPI:オンボーディング負荷
[出典:Indeed Japan 転職動向レポート 2025]
転職後にギャップが生まれる理由
転職後の後悔で多いのは、「思っていた仕事と違った」というギャップです。その原因の多くは、選考段階での情報不足や、ポジティブな面だけを見て判断してしまうことにあります。
特に注意すべきなのは、裁量や働き方、評価制度が曖昧なまま入社してしまうケースです。
実例として、Hさんはフルリモート可と聞いて転職しましたが、実態は頻繁な出社要請があり、期待とのズレを感じました。
- ギャップKPI:事前確認項目の網羅度
- ギャップKPI:面接での具体性
- ギャップKPI:条件の文書化有無
[出典:OpenWork 転職者アンケート 2024]
転職が向いているエンジニアの特徴
転職が向いているのは、「今の環境では役割や成長が頭打ちになっている」と明確に感じているエンジニアです。また、社外でも通用するスキルや実績を言語化できている人ほど、転職の成功確率は高まります。
重要なのは、現職への不満だけでなく、「次に何を得たいのか」を明確にしていることです。
実例として、Iさんは昇進を断り、自分の強みが活きる企業へ転職。結果として成長実感と納得感の両方を得ました。
- 適性KPI:市場価値の言語化
- 適性KPI:次の役割の明確さ
- 適性KPI:環境変化への耐性
[出典:LinkedIn Career Change Report 2025]
昇進か転職かを判断する意思決定フレームワーク
昇進か転職かで迷ったときに重要なのは、「感情」や「周囲の期待」ではなく、再現性のある判断軸で意思決定することです。本章では、多くのエンジニアに共通して使える3つの判断軸をフレームワークとして整理します。
判断軸① 成長機会と役割の広がり
まず確認すべきは、「今後2〜3年で自分の役割とスキルがどれだけ広がるか」です。昇進であっても転職であっても、成長が止まる選択は長期的に不利になります。
社内昇進の場合は、役割が本当に拡張されるのか、それとも肩書きだけが変わるのかを見極める必要があります。一方、転職の場合は、新しい役割がこれまでの延長線上か、飛躍につながるかを確認します。
実例として、Jさんは昇進後に技術選定・育成まで担えると分かり、社内昇進を選択。一方でKさんは、役割の拡張が見込めず転職を決断しました。
- 成長KPI:新しい役割・責任の増加度
- 成長KPI:スキルの幅・深さの変化
- 成長KPI:意思決定への関与度
[出典:McKinsey キャリア成長調査 2024]
判断軸② 評価・報酬・裁量の納得度
次に重要なのは、「評価と報酬にどれだけ納得できているか」です。不満を抱えたまま働き続けることは、モチベーション低下と判断ミスにつながります。
昇進の場合は、評価基準が明確か、成果と報酬が連動しているかを確認しましょう。転職の場合は、提示条件だけでなく、評価制度の透明性も重要です。
実例として、Lさんは昇進後の評価基準が曖昧だったため転職を選択し、納得感のある評価制度の企業に移りました。
- 納得度KPI:評価基準の明確さ
- 納得度KPI:報酬と成果の連動性
- 納得度KPI:裁量の大きさ
[出典:doda 年収・評価満足度調査 2024]
判断軸③ 3年後の市場価値から逆算する
最後に、「この選択をした3年後、自分は市場でどう評価されるか」を必ず考えます。今の居心地の良さではなく、将来の選択肢が増えているかが重要です。
昇進によって得られる経験が社外でも説明可能か、転職によって積める経験が一過性ではないかを見極めましょう。
実例として、Mさんは「3年後に説明できる実績が残るか」を基準に転職を選び、結果的にキャリアの選択肢を広げました。
- 将来KPI:社外で説明できる実績
- 将来KPI:スキル・役割の汎用性
- 将来KPI:次の選択肢の数
[出典:LinkedIn Workforce Report 2025]
まとめ
エンジニアが「社内昇進か転職か」で迷うのは、キャリアが停滞しているからではなく、次の選択肢が現実的に見えてきた証拠です。重要なのは、どちらが正解かを一般論で決めることではなく、「自分にとってどちらが納得できる成長につながるか」を判断することです。
本記事で紹介したように、社内昇進には安定と影響力の拡大というメリットがある一方で、役割が広がらなければ成長が止まるリスクもあります。転職は環境と評価軸を変えられる反面、ミスマッチや短期的な負荷も伴います。だからこそ、感情ではなく、成長機会・評価の納得度・3年後の市場価値というフレームワークで意思決定することが重要です。
昇進を選んでも、転職を選んでも、キャリアに「正解」はありません。ただし、判断軸を持たずに流される選択だけは、後悔につながりやすいのも事実です。選択そのものよりも、「なぜその選択をしたのか」を説明できることが、長期的なキャリアの強さになります。
明日からできる3アクション
- ① 今の会社で昇進した場合に得られる役割・経験を書き出す
- ② 転職した場合に3年後どんな実績が残るかを想定する
- ③ 社内評価と市場評価の差を、エージェントや求人情報で確認する
この3つを整理するだけでも、昇進か転職かの判断は格段にクリアになります。迷っている今こそ、自分のキャリアを主体的に設計するタイミングです。

